瀬戸内国際芸術祭2013と地域政策に関する試論~その13~

瀬戸芸祭は盛況のうちに終了しました。新聞報道では、「11月まで開かれた瀬戸内国際芸術祭について、県などでつくる実行委員会と日本政策投資銀行は9日、経済波及効果は132億円だったとの試算結果を発表した。来場者の平均滞在日数や平均宿泊数は、2010年の前回より微増した。来場者数は、公表されている約107万人から重複分を調整して30万人とした」との分析でした。経済波及効果が132億円という数字が、いかほどの意味を持つのかは別にして、「瀬戸内の海と島々」の良さを再認識する機会であったことは間違いないでしょう。

では、前号に続いて瀬戸芸祭を歩いたので「試論」を記しておきます。

(1)観音寺・伊吹島

観音寺港から市営渡船で25分のところに浮かぶ「いりこ漁」で有名な島である。人口は650人余と減少傾向は続いている。

瀬戸芸祭の駐車場である有明浜無料駐車場を利用する。ここから観音寺港まで無料シャトルバスを利用したが、平日なのにバス停には列ができているのには驚いた。伊吹島内の道路事情は、道幅2メートルほどの急こう配の坂道で、たびたび地元のバイクと軽自動車が慣れた運転で通っていく。心臓破りの坂と書き込まれたルートを、汗拭き拭き登っていくと旧伊吹小学校だ。このあたりの標高は50メートルはあるだろう。多くの民家は小学校や伊吹八幡神社あたりに集中している。迷路のような路地を歩く。案内マップもほとんど役に立たないほどの迷路である。

(2)作品鑑賞と批評

旧伊吹小学校を会場に、3つの作品がある。作品135(沈まぬ船)は、漁具や生活用品を素材に、魚の群れや海の中をイメージした作品だ。いくもの教室を貫くように大掛かりな作品となっている。とくに、漁具の象徴である「浮き」を、およそ5万個を繋ぎ合わせているのは圧巻である。ワークショップならではの作品となっている。インスタレーションの典型の作品といえる。会期が終われば撤去されるだろう。

もうひとつの作品135(大岩オスカール)は、小学校の体育館をいっぱいに使ったドームの作品だ。閉ざされた入口を開けていただき中に入ると、マーカーだけで瀬戸内の風景を丹念に描いた360度パノラマに包まれたようだ。鑑賞者のひとりが「まるで海底から瀬戸内を見ているようだ」と感想を漏らしていた。これも大型作品だが、根気のいる仕事をご苦労様という感想である。

作品136(トイレの家)は、小学校グランドに作られている。解説チラシによると、男性用トイレ、女性用トイレ+多目的トイレ、倉庫の3つの棟から成り、ひとつの家型を描くことによって存在の力が持ち始めるという。夏至、冬至などの固有の時間には光のスリットがトイレの家を通り抜け、季節を知らせる構造に設計されている。各トイレをつなぐのは島の迷路を思わせる路地風である。制作者は、そもそもトイレは母屋から離れた周辺に位置づけられていたのを、各トイレが集合することによって核となっていることを理念として主張しているらしい。よく考え抜かれた設計になっているが、現代アートの範疇に属するかは疑問であろう。

(3)伊吹島民俗資料館

「無料ですよ、どうぞ見てください」の声に誘われる。昔の漁具や民具、文書類が保存展示されている。島民が長い年月をかけ収集した貴重な資料である。伊吹島の歴史年表、人口の推移、島の偉人の説明など島で暮らし人たちの共同性を垣間見た思いである。

伊吹島はかつて1000人以上の人口を擁していた。現在は650人余と減少しているが、面積が1キロ平方メートル程度であるので人口密度はきわめて高い。島の産業は伊吹イリコである。伊吹漁業協同組合の構成は、組合員数が400人(平成23年1月現在)というから島民まるごとの組合であろう。

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いりこの生産の推移は上表の通りで、昭和60年頃の最盛期からすれば半減している。人口減少~すなわち生産者の減少を加味すると資源の枯渇によるものではないようだ。また、組合の努力で、設備投資や販路開拓などが図られている。狭い島に意外なほどの居住数が保持出来ているのは、全国ブランドのいりこ生産性が高いからである。

(4)ふたたび作品批評

伊吹島民俗資料館から、芸術祭案内表示に従って路地を下る。作品138(夜想曲)は、住んでいないとみられる民家の部屋にある。東北の石巻の小学校にあったグランドピアノを、大屋根とか前屋根と呼ばれる「ふた」が3畳敷きの部屋に、弦を張った本体は6畳敷きの別の部屋に展示されている。東北大震災の津波を受けて、泥が堆積したままの状態である。

会期が終わるとこの作品はどうなるのでしょうか、と聞いてみた。「オランダに持ち帰ります」との返答であった。あとで調べてみると、制作者はオランダ在住で、美術家でありピアニストのようだ。海外で活躍する若き女性も~それも芸術分野で認められる日本人が予想外に多いことに感心する。

作品140(伊吹島レインボーハット)は、ユニークといえばユニークである。路地を上り、空が大きく広がったところに、樹木を利用してテントを支えるようにドームが造られている。テントをよく見ると、小枝を敷きつめ、布を張ったその上に土を載せている。足元を見ると、小さな水たまりがいくつも点在し、その中に鏡が沈められている。テントの間から差し込む光が、水たまりの鏡に反射すると、頭上のテントに虹が投影されるという。

あいにく曇天だったので虹は見られなかった。大掛かりな造形であるが、光の不思議を題材にしたテクニックな創造作品である。芸術の範囲はどこまで広がるのかと混乱させてくれる作品(?)だ。

作品141(伊吹しまづくりラボ)までの道は険しい。案内マップには<急坂注意!!>とある。標高50メートルくらいから、転げるように下ると海岸沿いの旧いりこ加工場が見えてくる。鉄骨スレート葺きの加工場の1階にはウレタンで作った伊吹島の模型がある。

伊吹漁協や旧伊吹小学校、公民館などの場所には小旗が立っていて、伊吹島の全体が俯瞰できる。情報を集めて、次々と島の歴史や現在を可視化するものであろう。2階にはカフェが用意されていて、瀬戸内海を眺めながら一休みできる。加工場が操業していた当時の作業員の小部屋は、〇〇研究室との表示がある。祭事や文化、いりこ歴史、建築など多方面から、島の未来を考える研究機関という位置づけのようだ。

建築物を芸術作品と評価する見解は、多分に的を射ている。建築芸術として、その土地でシンボルとなっていたりする。利用価値とともに、芸術的価値を認めない訳にはいかないだろう。ただ、旧いりこ加工場のラボ(実験室。研究室)は芸術的な取り組みではなく、作品141ではあるが、伊吹島の将来を研究する部署のようだ。その成果を楽しみにしたい。

(5)夏限定の開催である伊吹島

いわゆる「しまおこし」イベントである。すべての作品がインスタレーションであり、会期が終わればすべてが撤去される。芸術祭を通じて、伊吹島に新たな現代アートが根付くかどうかは、おそらく目的ではないだろう。このことは、瀬戸芸祭が瀬戸内の島々で開催されていることから、前提として共通する認識があるのではないだろうか。

(つづく)

田村彰紀/月報354号(2014年1月号)